日々おもうこと

全部が自分自身

最近ふとしたときに耳にする「本来の自分」て何なのでしょうね。

今の自分が「本来の自分」でなかったとしたら

今の自分は何なのかい?

今の自分を含めて「本来の自分」ではないのかい?と最近思うのです。

「本来の自分」は今の自分(今までの自分)を内在すると思うのです。

今とは違う、

いわゆる魂?といわれるものが求めている「本来の自分」とやらでいられたら

生きやすいのかもしれない。

それはきっとそうなのかもしれない。

けども、

みんながみんな今すぐにそうやって上手に生きられるわけでもないと思うのです。

もれなく私もその中の一人で、

上手に生きよう!と言われているみたいで

時にその言葉がしんどくて耳を塞ぎたくなることもあります。

生き方が下手でもいいじゃない。

にんげんだもの。

 

その本当の自分とやらがもし一時的な「ゴール」なのだとしたら

(何を以って本当の自分とやらに辿り着いたって認識するのかもわからないけども)

今の自分から変わりたいと願ったり、

行動しようとしているその今の瞬間も立派なあなただよと私は思うのです。

そのプロセスあってのあなただよ、私だよと。

玉ねぎみたく、剥いて休んで剥いて休んで

本来の自分とやらに到達すると思う。

だから落ち込んでいる自分も、気分が上がらない自分も、

進めない自分も

進まない自分も

全部私であって、

常に元気でいたいとか

常に前を向いていなければいけないとか思わない。

そんなときもある。

今すぐ何か行動を起こしたいわけでもなくて

アドバイスとかも要らなくて

自然と浮上を待っている。

そんな時期。

ただただ寄り添ってほしいだけの時もあるよね。

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