言葉

旅のことば

手帳をぱらぱらとめくっていたら、

一枚のメモ用紙が出てきました。

そこには過去に読んだ書籍に載っていた言葉が書き留められていて

誰の言葉だろうと調べてみたら

仏陀の言葉でした。

 

このメモを整理するためにも

ここに書き記しておこうと思います。

 

多く物事を知り

それを説く者が賢者なのではなく

心穏やかに、恨みもなく、

恐れもない者が賢者なのです。

智慧があり、学ぶところが多く、

忍耐強く、戒めを守る

そのような立派な聖者

善き人、英知ある人とよく親しむことです。

彼らと共にあることは、常に楽しく

また、愚かな者と会わないならば、

心は常に楽しいものです。

 

旅に出てもしも自分より優れた人か

自分と同等の人に出会わなかったのなら

むしろきっぱりと独りでお行きなさい。

(仏陀)


   

この言葉がなんだか響いたんですよね。

賢者というものの定義がまだよくわかっていないですが、

なんとなく感じることはあります。

言葉で説明するのが難しいのだけども。

(それをどうにか言葉にしたくてブログを書いているというのもあるので悔しい。)

 

前半の言葉を読んで感じたことは

人生の酸いも甘いも経験したようなひと。

楽しい思いも、幸せな思いも、

心がぎゅっとなるくらいつらく悲しい思いも経験したようなひと。

全ての方ではないけども

多くは先人なのかなと、なんとなく思いました。

もちろん若い頃にそのような思いをしたひとからも感じることもあると思います。

 

過去に様々な場所で出会った70代の方や60代の方。

いろんな思いを背負って生きてきたんだなあと感じる方々のお話は

ひけらかすわけでもなく、とてもフラットで穏やかで。

経験から話されていることばかりで本当に勉強になるし、

私自身聴いていてとっても楽しい!

知らないことを聴くとそれが一つの情報として私の中で点となって存在し

それを繰り返していると、点と点がいきなり繋がって知識として育っていく感覚が

ほんとうにたまらないのです。!





なんだかその感覚なのかなあと思ったり。

愚かな者というのがあまりわかりませんが

日々人間は生きているし、日々人と関わっているし

日々お話して、その度に人は情報交換もしているし

日々、常に、少しずつでも変化をしています。

なのでその時その時で思うこと、考えること、感じることというのも

変化し続けている。

その自然な変化に敏感でいることに意識を向けられていたら

仏陀の言葉のように選択ができるのかもしれないですね。

 

きっと正解も不正解もなくて

私にとっての「なんとなくそう思う」その感覚が、

一番信用できると、

私はそう思っています。

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